父の句・夏(9)

坑涼し金払ひ入る銀山址*
鳴き竜を鳴かす少女の喉涼し*
川床涼し立居音無き老妓かな*
裸婦涼し家老門もつ美術館*
本尊に近づけば涼まさりけり
天井絵仰ぐ女の喉涼し*
馬車降りて囲む馬の瞳涼しかり
水打つて風の涼しさ貰ひけり
涼やかな声の間違ひ電話かな
風涼し厚味の増えし大藤棚
風涼し自販機の灯の消えてより
涼風の道に出て帽飛ばしけり
流紋の涼風を呼ぶ静思堂

 

 「暑さ」「暑し」は夏の季語ですが、「涼し」「涼風」なども夏の季語となります。
 最初の句は朝来市生野銀山のことでしょう。公式サイトによると年間を通じて約13度とか。
 二番目の句の鳴き竜は、日光東照宮の薬師堂など、床と天井との音の反射により拍手の音が竜の鳴声のように聞こえるもの。この句がどこで詠まれたかはわかりません。
 川床(かわどこ、かわゆか)は、川の上などに張り出した料理屋の客席で、納涼床(のうりょうゆか)ともいいます。
 最後の句の静思堂は、反軍演説で知られる斎藤隆夫の生家を基にした記念館で、出身地の豊岡市出石町にあります。

 

雪渓が見ゆ戸隠山(とがくし)のひだひだに
作り滝止まりし夜の美術館*
大ぶりな手話ながながと滝の前*
雄滝より雌滝の径の濡れ多し
造り滝に裏見設くる水都かな
滝音や下草濡れし散歩径
清水汲み愛の柄杓を廻されし
基衡は知らず泉の投げ硬貨
朝歩き噴水未だ目覚めざる*
噴水の輝き増えし五月かな*
貌変へる噴水を背の人待顔
噴水の力尽きては落ちにけり*
照明を外れ噴水息を抜く*
出番来てこの噴水の大暴れ

 

 雪渓、滝、清水、泉、噴水などは涼しさを感じますが、これらも夏の季語とされています。
 基衡は奥州藤原氏の二代目。平泉の金色堂には、藤原氏の歴代当主のミイラ化した遺体が眠っていました。

 

パレードや日傘咲かせる架道橋*
聞き役の傾きがちの日傘かな*
喪日傘やこぼれ日多き刺繍穴*
吠え癖の犬に牽かれる白日傘*
日傘もてしぶき避くるやイルカシヨー*
赤信号越しに日傘の合図かな
立話の日傘のふえるまた一つ
ここだけの話の移る日傘かな
大仏殿出づる小さき日傘かな
待ちくれるバスへパラソル鷲づかみ

 

 日傘の句も、父は多数作っています。イルカショーは、豊岡市瀬戸の日和山(ひよりやま)の風景でしょうか。

 

キューピーの日焼けて白し何でも屋*
農婦とは見えぬ日焼やハイヒール
冷珈琲日焼けのほてりおさまらず
日に焼けし太股集ふ浜喫茶
片陰や犬の選びし散歩径*
名園の片蔭鯉も人も寄る*
片陰や右側歩けと言はれても*
片蔭を拾ひて道を訊くはめに*
片蔭や大声電話擦れちがふ
片陰やままごと道具置きしまま
片蔭より塞がつていく駐車枠*

 

 日焼や、道路の太陽が照る側(正午頃なら南側)の建物が作る片蔭(かたかげ)も夏の季語です。
 最後の句は、父が勤務していた駅の自家用車整理場(駐車場)で、日蔭の場所から埋まっていく様子を詠んだのだろうと思います。