父の句・夏(21)

語り継ぐ寿永文治や合歓の里*
因幡への七坂八峠合歓の花*
昭南と呼ぶ島ありき合歓の花*
尾根渡る合歓の隙間に日本海
花桐や旧道沿ひの何でも屋
夏橙やテープの語る武家屋敷*

 

 最初の句の寿永文治(じゅえいぶんじ)は、源平争乱期から鎌倉幕府が成立する頃の時代。ヤマハリゾート合歓の郷(現在はネムリゾート)に行ったときの句ではないかと思われますが、詳細は不明です。
 二番目の句の七坂八峠(ななさかやとうげ)は、但馬から鳥取県岩美町に抜ける道の峠です。
 三番目の句の昭南(しょうなん)は、日本占領時代のシンガポールを指します。
 最後の句の夏橙は、夏みかんの別名。

 

緑陰や蛤塚の文字なぞる*
落柿舎の下闇に句碑ひしめきし*
唇を染めて桑の実食べしこと
折りとれば木苺の実のみな落つる
法話つづく庫裡に蕗煮るにほひして*

 

 最初の句の緑陰(りょくいん)は、青々と茂った木の陰。蛤塚というのは、大垣市にある芭蕉蛤塚のこと。『おくのほそ道』の結びの句「蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ」の句碑があります。
 二番目の句の落柿舎(らくししゃ)は芭蕉の弟子・向井去来の草庵。下闇は茂った木の下の暗がりのことで、夏の季語です。
 最後の句の蕗(ふき)も夏の季語で、父の好物のひとつでもあります。

 

馬鈴薯の花挿されをり厨窓
形よき胡瓜が生りぬ貸農園
軽く傘触れし別れや青胡桃
あと一息二階の窓へミニトマト
風まかせに見えて豌豆支柱()を登る
茄子植ゑて天気予報の外れけり
媼らの下校時に買ふ茄子の笛
実りある日々を句帳に茄子の花

 

 馬鈴薯は収穫の秋の季語ですが、その花は夏となります。
 茄子(なす)は水を欲しがりますが、下から三番目の句は植付けか、水やりか、天気予報をあてにしていて裏目に出たのでしょうか。
 下から二番目の句の媼(おうな)というのは、一緒に老人大学などを受講した女性たちのことかもしれません。