父の句・冬(12)
紙懐炉秘めて喪服の背を伸ばす*
すぐ腹へ葬の供養の紙懐炉*
手のぬくし白衣に懐炉持つらしき*
避難して懐炉にいのち預けけり*
避難して懐炉にいのち温むる*
懐炉も冬の季語です。紙懐炉は使い捨て懐炉のことでしょう。
平成16年の台風23号で、父は暖房の効いた一階の部屋から、二階に避難しました。冬に向かう時期で、懐炉で暖を取った印象が強かったのだろうと思います。
霜焼けの手を差し入る丶豆腐桶*
霜やけに耳たぶ覚えられてゐし
宿下駄や一の湯を出て大くしやみ*
大嚏参道の目を集めけり
地下道の己が嚔に驚けり
咳き込みつなほ病院の喫煙所
咳一つこぼして披講始まりぬ*
マスクとりマスクの医者に診られけり
眼の笑ひ眉毛の怒るマスクかな
霜焼け、嚏(くしゃみ、くさめ)、咳、いずれも冬の季語です。マスクについてはコロナ禍で季節感が薄れた印象もありますが、やはり冬の季語とされています。
披講(ひこう)は、句会などで、選句用紙を集めて披講者が選ばれた句を読み上げることです。それまでは匿名審査で作者が明らかになっていませんが、そこで作者が名乗り出ます。
下から二番目の句は、もちろん新型コロナなどなかった頃の句です。
飴舐めて披講に備ふ風邪の句座*
鍛錬会より風邪の神蹤いて来し
電灯の揺れひとり見る風邪の床
流行風邪漢の運ぶごみ袋*
流行風邪にわか主夫業するはめに
風邪の神下戸にておはす玉子酒
夜詣りに賽し笹酒玉子酒*
風邪、流行風邪(はやりかぜ=インフルエンザ)は冬の季語。昔は風邪につきものであった玉子酒も冬の季語です。
重ね着のポケット探る降車口
着ぶくれの釣師が懐炉換えている
三階の句会へ吐息着ぶくれて*
胸張りてみても猫背や着ぶくれて*
着ぶくれをたたむ外湯の脱衣篭*
着ぶくれの襟へ巫女の手幾度も*
着ぶくれを逸らす清しき立居かな*
着ぶくれて病窶れの目立ちけり
着ぶくれて歯に衣着せぬ句評かな
着ぶくれてズボンのボタン外れけり
着ぶくれて試着の鏡見てをりぬ
着ぶくれて駅の階段高くなる
着ぶくれてシートベルトの長さ変ふ
重ね着、着ぶくれは、いずれも冬の季語です。
最初の句は、切符を無意識にどこかのポケットに入れ、降りるときにわからなくなったのでしょう。